Apr 27, 2010
名刺管理を携帯電話にする
前の職場での名刺は、お客様に伝えるだけのものだったので、交換することもなく、名刺管理の必要もなかった。ただし、営業職の人はよく名刺を受けることがあるだろうから、名刺管理も重要な事柄の1つだ。整理し、特徴を記入するという話を聞いたことがあるが、最近では携帯電話にバーコードリーダーを使用してインポートすることがあってそこで名刺の管理をする人もいると聞いたことができます。主人がスマートフォン機種変更は先月だった。営業をしている主人はどうしても、"名刺を管理するには、スマートフォンのアプリケーションを使用するのが一番だ"と言うので、それならスマートフォン機種変更すると良いかもとし、機種変更しました。次に、アプリケーションを使用して名刺を管理するマスターですが、本当に便利だと言います。営業職のことがない私だが、見ていても便利だと思った。
県議会会派が分裂した自民党系会派の一つ「自民党」(小林克敏代表、6人)は26日、長崎市で県民大会を開いた。党県連は緊急会議で7月3日に定期大会を開くことを決めたが、6人はそれに反発し「欠席」を表明。大会は県連大会に代わるものとして開き、約520人が参加した。
6人は会派分裂や連立会派結成などの経緯を説明。分派について宮内雪夫氏は「統一地方選が終わると同時に14人が分派した。まさに青天の霹靂(へきれき)。党を弱体化させる行動は全く理解できない」と主張した。民主系の「改革21」、無所属の「新生ながさき」と連立会派を組んだことについては、馬込彰氏が「私たち6人は会派の中でも改革を訴えてきたメンバー。27日開会する改選後初の定例県議会では、連立会派の一角として、ぬるま湯・追認議会を廃し、改革をやり遂げる」と語った。
この日の大会には、「改革21」と「新生ながさき」の両代表も駆けつけ、結束をアピール。また、政治評論家の森田実氏が講演し、「(連立会派結成の)長崎の新しい動きは日本のあけぼのだ」とエールを送った。【阿部義正】
〔長崎版〕
6月27日朝刊
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佐賀面の「はがき随筆」の5月度月間賞は、唐津市元石町、向タエさん(80)の「ポスト」(5月15日掲載)に決まりました。佳作は、唐津市二タ子、佐伯スミ子さん(88)の「大正11年生まれ」(11日掲載)▽佐賀市川副町、栗林一子さん(70)の「孫」(21日掲載)−−両作品です。「ポスト」は29日(水曜日)午前8時35分ごろ、NBCラジオ佐賀で紹介されます。
◇奮い立つ心の動き伝わる
「ポスト」は、手紙を書いた後の心の動きを表現することによって、今の状況を伝えることに成功しています。その心の動きは、手紙がポストに投函されるまでの短い時間を、筆者の過去からの継続的な状態と今を線で結んでいます。手紙の落ちる音である「ポトリ」の擬音が効果的でした。他者に頼んでもできる行為が自分で足を運ぶ自発的な行動によって、筆者の前向きさと、奮い立たせた気持ちを感じます。ポストというと赤い色を思い浮かべますが、「丸いポスト」「大きな口」と表現。秀作です。
「大正11年生まれ」は、何のことだろうと思うと、『おひさま』の主人公・陽子の生まれと重なる筆者のこと。「規則正しい学校の先生の板書“良妻賢母”に、家庭科の恩師の達筆ときびしさを偲(しの)ぶ。88年の人生は、戦争をはさみ決して平凡ではなかった」。「朝食の相手」であるNHKの連続ドラマは、筆者を触発し、人生を振り返るきっかけとなっている。朝食の茶の間とテレビの距離がぐんと近くなっている様子が分かる。「予科練の歌を口ずさむ私」と最後の結びが現実的でした。
「孫」は、年齢の差がある孫とのひと時が写実的です。孫は目に入れても痛くないほど可愛いと言いますが、祖母である筆者の孫への思いと孫の気持ちの差をユーモラスに表現していて笑えました。「大好きなカレーライスを作ろう、ドライブも、とうきうき気分で迎えに行った。しかし裏腹に、トランプしよう、ボール投げしよう、と孫からの要求(中略)寝床ではバタバタ動き回り、お陰で睡眠不足、頭ズキン」「親の手を握り、早く早くと家の中へと消えた」「孫は来てよし、帰ってよし。内心ホッと」。傑作です。<エッセイスト・笠原瑠璃子>
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◇ポスト
家から徒歩で10分程、お寺の角に、昔ながらの丸いポストがある。この町へ来て、はや1年。自分の手で投函(とうかん)したことがない。なぜなら、頸椎(けいつい)を痛めた私は、事故や転倒を恐れ、人、車依存症となり、道路の独り歩きができなくなっていたから……。
日本の非常時、これでいいのか?という思いが、日増しに募り、その日、手紙を書き終えた私は、気合を入れて、ポストへの道に向かっていた。自転車が音もなく追い越して行く。ヒヤリとしながら無事たどりつき、大きな口へ、ポトリ……。
ヤッター。「なせばなる」。少しずつ前進して行こう。
6月27日朝刊
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